• 芥川賞作家・津村記久子さんによるショートストーリー「楽しみなこと、ひとつ」(全10話)の第4話「いつかの菜の花畑(前)」をお届けします。
  • (C)津村記久子 シティリビング(東京版)8/23号
第4話 いつかの菜の花畑(前)

「楽しみなこと、ひとつ」

第4話 いつかの菜の花畑(前)

家にまっすぐ帰るようになったのは32歳を過ぎた頃だった。今から3年前だ。帰宅時の乗り換えの駅にあるデパートで何か買おうとして何も買わずに出てくるという平日を10日間過ごして、自分はもう十分消費をしたんだな、となんとなく思ったからだった。週末は友人や職場の人たちと食事に出たりするけれども、用事がないときは家で好きなものを自炊して食べるのが茅乃(かやの)の喜びだった。

今日は故郷の地元で採れた菜種油で揚げた昨日の天ぷらがあったので、ざるそばにのせて食べたのがおいしかった。家にまっすぐ帰るようになったのと同時ぐらいに、茅乃は故郷へもよく帰るようになった。今住んでいる都会と比べて不便なところだと思っていたのだが、茅乃が離れているうちにずいぶん住みやすくなっていた。今は会社での仕事をしていたいけれど、いずれ定年の60歳になったら故郷に帰ろうと最近思うようになった。今年帰郷した時に物件も調べたのだが、リタイア後に便利そうな駅前の中古のマンションの一室なら、今の暮らしを続けていたら買えそうだった。

茅乃はときどき故郷の食材を取り寄せていて、菜種油もその一つだった。一昨年の里帰りの時に駅のみやげもの屋で購入して、おいしかったのでずっと使っている。実家から電車で30分ぐらいの、大きな山のふもとの菜の花畑から採れたものらしい。こういうのは小さい会社で作ってたりするんだよなあ、とラベルで製造元を確認すると「鳩野由里子(はとのゆりこ)商店」という名前があって、自分のフルネームを屋号につける女性が地元にいることにちょっと感心した。

自分が普段使っている菜種油が採れる菜の花畑が見に行きたくなって、3月に有休を取って帰省して訪ねた。地元にいると特にありがたい景色とも感じず、10代の終わりに友達と見に行って以来その場所には行っていなかったのだが、いざやってくると離れがたい気がした。

CHECK「十分消費をしたんだな」
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出所:三菱UFJ信託銀行 「お金の、育て方」を基に三菱UFJ国際投信作成

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第4話 いつかの菜の花畑(前)

家にまっすぐ帰るようになったのは32歳を過ぎた頃だった。今から3年前だ。帰宅時の乗り換えの駅にあるデパートで何か買おうとして何も買わずに出てくるという平日を10日間過ごして、自分はもう十分消費をしたんだな、となんとなく思ったからだった。週末は友人や職場の人たちと食事に出たりするけれども、用事がないときは家で好きなものを自炊して食べるのが茅乃(かやの)の喜びだった。

今日は故郷の地元で採れた菜種油で揚げた昨日の天ぷらがあったので、ざるそばにのせて食べたのがおいしかった。家にまっすぐ帰るようになったのと同時ぐらいに、茅乃は故郷へもよく帰るようになった。今住んでいる都会と比べて不便なところだと思っていたのだが、茅乃が離れているうちにずいぶん住みやすくなっていた。今は会社での仕事をしていたいけれど、いずれ定年の60歳になったら故郷に帰ろうと最近思うようになった。今年帰郷した時に物件も調べたのだが、リタイア後に便利そうな駅前の中古のマンションの一室なら、今の暮らしを続けていたら買えそうだった。

茅乃はときどき故郷の食材を取り寄せていて、菜種油もその一つだった。一昨年の里帰りの時に駅のみやげもの屋で購入して、おいしかったのでずっと使っている。実家から電車で30分ぐらいの、大きな山のふもとの菜の花畑から採れたものらしい。こういうのは小さい会社で作ってたりするんだよなあ、とラベルで製造元を確認すると「鳩野由里子(はとのゆりこ)商店」という名前があって、自分のフルネームを屋号につける女性が地元にいることにちょっと感心した。

自分が普段使っている菜種油が採れる菜の花畑が見に行きたくなって、3月に有休を取って帰省して訪ねた。地元にいると特にありがたい景色とも感じず、10代の終わりに友達と見に行って以来その場所には行っていなかったのだが、いざやってくると離れがたい気がした。

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